植物などの光合成生物が行う光合成反応は、太陽光と水と二酸化炭素から有機物と酸素を作り、地球大気を酸素呼吸生物が生存し、繁栄することが可能な酸化的環境に変換しただけでなく、現在も地球上ほぼすべての生物の活動を支えている。今日我々が大量に消費している化石エネルギーも光合成産物の蓄積であり、化石資源の枯渇やその大量消費による地球温暖化をはじめとする環境問題は近い将来大きな社会問題になることが懸念されている。これらの問題を解決するため、天然光合成反応の原理を解明し、それを利用した人工光合成系の開発による太陽光エネルギーの高効率利用システムの開発が待ち望まれている。
天然光合成の原理解明と人工光合成系の開発において、日本は世界を先導する成果を輩出しており、世界を主導する位置にある。例えば、人工光合成研究において、本多と藤嶋は世界に先駆けて二酸化チタンによる光-水分解反応を発見し、その後の光触媒研究分野を切り開いた。天然光合成においては神谷と沈によって水分解触媒としての光化学系IIに結合しているMnクラスターの詳細な構造を世界で初めて解明し、水分解反応の機構解明に大きく寄与した。しかし、可視光を利用した水分解・二酸化炭素還元触媒の開発や天然光合成における光エネルギーの吸収・伝達、電子伝達、水分解反応の詳細な機構についてはまだ多くの課題が残っており、それらに関する研究を一層推進し、社会実装可能な人工光合成系の開発を実現する必要がある。
天然光合成系の原理解明と人工光合成系の開発を強力に融合し、両分野の研究を一層発展させるため、本新学術領域研究「光合成分子機構の学理解明と時空間制御による革新的光-物質変換系の創製」(略称:「革新的光物質変換」)を申請し、幸いにも本年度採択された。本新学術領域研究によって、天然光合成における水分解反応やエネルギー伝達、電子伝達の詳細な機構を解明し、得られた知見を人工光合成系の開発に活用し、太陽光エネルギーを利用した水分解や二酸化炭素還元システムの開発につなげることができれば、無尽蔵の太陽光エネルギーを利用した有用物質の生産に利用することが可能になり、持続可能な社会の実現に大きく貢献することができると確信している。また、天然光合成と人工光合成はこれまで多くの場合別々の分野として研究・発展してきたが、本研究領域における融合研究により、両分野に精通する世界トップレベルの若手研究者の成長が期待できる。このためにも、多くの優秀な若手研究者の積極的な参加を期待したい。
光合成分子機構の学理解明と
時空間制御による革新的光 ― 物質変換系の創製
Innovations for Light-Energy Conversion